2017.08.31 Thursday 20:29

コンサートは、なまもの

ファンクラブに会員登録をしている方々には、最新情報がメールマガジンで配信されることになっています。今日31日は、何処よりもいち早くnewsが届いたはず。

来年のKAKOさんのツアーが発表されたのです!
9月2日東京のオーチャードホールの「映像の世紀コンサート」では、そのお知らせの緊急チラシが配布されることになりました。ホームページでも9月2日の正午には発表されますので、チェックしてみてください。

北から、札幌ー函館ー東京ー名古屋ー大阪へ行きます。concert2018をお楽しみに❗

「映像の世紀コンサート オーケストラバージョン」は、いよいよ明後日に迫りました。
昨年いらしたお客様とお会いしたとき、「遠くからKAKOさんのお姿を拝見したいので、また行きます」と言われ、「でも、オーケストラとナレーションが変わるだけですけど…映像は同じですし」と答えると、「コンサートは、その時のもの、なまものです、自分もなまもの」と切り返されました。

2017/08/31
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2017.08.29 Tuesday 18:46

ジャズのかおり

「ジャズ批評199号」2017年9月号
KAKOさんが、30年前に書いたという文章が掲載されることになり、先日、刷り上がった本誌が送られてきました。



表紙は、「ジャズ批評」誌を発行していらっしゃる松坂妃呂子さんが経営していたという、東京・東銀座「OLEO オレオ」のお店の入り口だそうです。KAKOさんは大学生時代に、ここによく行ったのだそうで、懐かしそうでした。
その松坂さんが創刊50周年記念・199号に寄せて書いた頁。是非、拡大してお読みください。



「私の好きな一枚のジャズレコード」、KAKOさんの頁をチラリと。
John Coltraneの「 Coltrane」 が選ばれています。1988年に発行された62号より再録、となっていました。



興味がありましたら、199号を書店か取り寄せで手に取ってみてください。
それとも、古い62号を持っていらっしゃる方がいるかも?
確か、当時のジャズ批評の表紙は”和綴じ”のように右手で右側へめくっていく感じで、中身も縦書き、表紙のカラーも鮮やかではなかったようにも記憶していますが、いつの頃からか横書きで背表紙は左側になっていったのでしょうか。時の流れを感じました。
日本中で多くのジャズ喫茶が生まれ全盛時代がありました。個人で沢山のレコードを持てない時代、珈琲一杯で客のリクエストに応えてレコードをかけてくれるのです。黒人プレイヤーのポスターが薄暗い店内に貼られ、自慢のオーディオ機器で大きな音で響かせている喫茶店などは”私語禁止”。その空間に身を置く、というか委ねるというか、心の支えとなっていた存在です。

ちなみに、ジャズ批評社からこの記念号のお知らせがあった時、KAKOさんはこういう文章を書いたことを忘れていたので、「私の好きな一枚」はビル・エヴァンスだったか・・、と思ったそうです。

今やKAKOさんをジャズ・ピアニストとは誰も呼ばないと思いますが、30年前はジャズ=即興ピアニストという時期でした。

2017/08/29
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2017.08.16 Wednesday 12:49

霧の摩周湖

ちょっと不思議なことがありました。
先月、何となく「霧の摩周湖」という歌を時々口ずさんだりしていたのです。
この曲をご存じない方もいらっしゃるかも知れませんが・・・。

どこかに、・・・霧に あなたの 名前を呼べば・・という歌詞があったかも、というくらい殆ど覚えていないので、曲の方だけの鼻歌でした。

この曲の作曲者である平尾昌晃さんが7月21日にお亡くなりになっていたことを昨日知って、えっ?と思いました。偶然とはいえ、何十年も歌ったことがないのに、何故か突然思い出した時期と重なっていたからなのです。別に愛唱歌でもなければカラオケに行くわけでもありませんし、それがとても不思議。

KAKOさんにこの曲を知っているか聞いてみましたら、知らないし聴いてみたい、というので、検索してみたらyoutubeに布施明さんの歌唱で色々出ています。お茶の時間に、スマホで流した時のKAKOさんの反応はこんな感じ。

「この歌を聴くと、昔の紅白歌合戦とかレコード大賞とか、茶の間の空気とかが漂ってくる」
「僕は、その歌が世の中で騒がれていた頃はおそらく、現代音楽とジャズにしか興味がなかったし、テレビも芸大に入ってからずーっと持ったことがなかったし」
「パリに留学した頃も、帰国してからも長い間、テレビは買ったことがない」

そう言うと、お茶もそこそこにアトリエに走って行きました。

KAKOさんは、1960年代半ばから1980年代の初め頃までの日本の流行歌とか、演歌・歌謡曲をほとんど知りません。「津軽海峡・冬景色」も知らないのですヨ。
・・・上野発の夜行列車 おりた時から 青森駅は 雪の中・・・
阿久悠さん作詞の──上野と青森の時空を跳ぶような、凄い──出だし・・・。

さてさて、KAKOさんのジャズ時代の曲を鼻歌するのは難しいけれど、最近の曲はシンプルなので分かりやすく、口ずさんだり出来ます。口ずさまなくとも、心の中で奏でていただければ、曲は生き続けていけますね。

「霧の摩周湖」は1966年に発表されています。確かにKAKOさんが大学生1年頃のヒット曲。

歌詞だけ書き出してみます。(歌える方は、どうぞ!)

水島哲・作詞

霧に だかれて しずかに眠る
星も見えない 湖にひとり

ちぎれた愛の 思い出さえも
映さぬ水に あふれる涙
霧に あなたの 名前を呼べば
こだま せつない 摩周湖の夜

あなたがいれば 楽しいはずの
旅路の空も 泣いてる霧に
いつか あなたが 話してくれた
北の さいはて 摩周湖の夜

ところで、KAKOさんの曲「摩周湖」のこと。NHKの同名のドキュメンタリー番組でのテーマ曲で、CD「風のワルツ」に収録しています。この曲はヴィオラの音をイメージして作曲したものでしたので、その後ステージで、何度かヴィオラ奏者の南かおりさんとのデュエットで、演奏しました。以前も書いたことがありますが、歌人・熊谷龍子の歌を想い出します。

ピアノ曲「摩周湖」を幾度も聴きながら今日の内側を平らかにせり
(2014年10月16日のブログに書いていました)

雨が続き、湿度に弱い桂(かつら)の木々は落葉が始まりました。


今年も、蓮華升麻(レンゲショウマ)がお盆の季節に合わせるかのように沢山開花しています。


2017/08/16

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2017.08.13 Sunday 15:35

長崎からの葉書

季節柄、暑中お見舞いのお便りが届きますが、夏の軽井沢に滞在していると「暑中」の言葉にピンとこない日が多いかも知れません。
ただし駅前の本通りは、電信柱の地中埋め込みが終ってから植樹されたのは、2メートルに届かないような低く小さな木ばかり。今この通りを歩くのは辛いものがあります。
太陽を遮るほどの並木に育つには、数十年かかるのではないかと思われる程なのです。
もしかしたら、避暑のために訪れた方はびっくりなさるかも知れない、と気になりました。

その点いつも書くことですが、KAKOさんアトリエのある一角は何処よりも涼しい、、、ので、元気で仕事をやっております。
映画「散り椿」の録音が今週に迫ってきたため、最後の追い込みです。どんなことをやっているのか?って気になりますよね。
特に映画の場合は、何分何秒何コマの絵に合わせて音楽がスタートする、とか、音楽が終らなければならない、という決めごとがあったりすると、音響の編集マンに、音楽を適当にフェイドイン、フェイドアウトしておいてください、と言うわけにはいきませんので、KAKOさんの作業も半秒とか半拍の世界で細かい作業になるのです。そういう数字上の細かさと同時に「音楽的に解決する!」という命題が外せません。

パソコンや楽譜に、顔をくっつけるほどに向かう毎日。これでは、眼と耳が極限状態にお疲れ気味でしょうね。
そう思っていましたら先日、アトリエの室内にいるのにサングラスをしているのを見かけました。聞くと、それはサングラスではなくブルーライトカット眼鏡だそうです。パソコン・モニターの液晶画面からのブルーライトという強い光をカットするとか。

さて暑中見舞いの葉書の中に、引越し案内が一枚ありました。差し出し局は長崎。
久しぶりの単身赴任だそうで、「興善小学校の資料館で加古さんの曲を聴き懐かしく・・・」と、書かれています。

興善小学校?
もしかしたら、あのドキュメンタリー映画の時の小学校?と、直ぐに思いました。
原爆に被災した小学校が映画の舞台でした。
岩波映像のホームページに、当時のチラシも掲載されています。

http://www.iw-eizo.co.jp/sell/society/02/society02_003.html

この時は、テーマ音楽のことで、プロデューサーの意向とレコード会社との関係が難しく、苦労したことが思い出されます。もしも長崎に行く機会がありましたら、記念館を覗いてみて下さい。
被爆50周年を記念して1996年に製作、となっていますので20年前となりますが、この映画も末長く残ってほしいものです。

2017/08/13
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2017.07.31 Monday 20:37

異国のしだれもみじ

軽井沢から近くの小諸市に、「和久井ガーデン」というところがあります。
小諸駅前の「停車場ガーデン」を設計したことでも知られる和久井道夫さんが、久しぶりに晴れた今日、ご依頼していた用事で来てくださり、帰り際に「ちょっと面白いことがあって・・・」とご自身のFaceBookの話をなさいました。

確かご経歴では
「造園家故小形研三の下で庭造りの基礎を学ぶ。渡米し、オレゴン州ポートランド日本庭園協会のヘッドガーデナーとして庭園造りに携わる。」
となっていましたが、そのポートランドで日本庭園に携わっていらした頃の、もう40年も前に手掛けた「しだれもみじ」が、”The 15 Most Beautiful Trees in the World 世界の15本の木”という投稿写真に掲載されていたというのです。

その「しだれもみじ」の写真はこれ!です。



しばし言葉を失うほどの感動!ではありませんか?

話題に出た投稿記事は下記からご覧頂けます。

https://brightside.me/article/ten-strikingly-beautiful-trees-that-seem-to-have-come-from-another-world-69505/

異国で手掛けたものであっても、一目見ただけで分るものなのですね。
息子や娘のような気がします・・・、とおっしゃっていました。

KAKOさんは、久しぶりにアトリエから出て人に会うという感じのこの頃ですが、テラスでお茶をご一緒しながら、この素敵なお話しを聞いている間、ちょうどヒグラシが鳴いていました。「カナカナですね」と和久井さん。
そういう呼び名もあるんですね。

2017/07/31
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